浄土宗 善照寺

この本、読んでみました

法然

【書 名】法然
【副 題】世紀末の革命者
【著 者】町田宗鳳(まちだ そほ)

1950年京都生まれ。14歳で出家、臨済宗大徳寺で修行。34歳でキリスト教を学ぶために渡米。ハーバード大学神学部修士修了、ペンシルバニア大学博士課程で「法然」の研究で博士号取得。 現在プリンストン大学東洋学部助教授。

【帯 書】
 日本の宗教革命はいかにしてなしとげられたか!
 天災と内乱の闇の時代、死は万人におとずれる癒しであることを説いて日本の宗教革命をなしとげた、法然の思想の全貌に初めて光を当てる。
 法然の特殊性は、日本の仏教学者たちによって指摘されてきたような、浄土教の易行化や民衆化にあるわけではない。法然の最大の特徴は、死の意味を、彼の想像力によって覆したということ以外にはない。(本文より)

【出版社】法蔵館
【書籍番号】ISBN4-8318-7140-0
【定 価】本体価格2300円
【初版年】1997.3.10

【読後感】
 私の宗旨は浄土宗です。その浄土宗の開祖である法然上人に関する本なので内容も見ずに購入しました。法然上人研究書はその多くが、浄土宗あるいは浄土真宗関連の方々によって書かれたものが多く、内容的にも「またか!」と思うような本が多いのですが、本書は私にとっては極めて斬新で新鮮で内容の充実したものでした。「はじめに」のなかで博士論文の延長上にあると著者が述べているように、論理構成は論文的なもので多少読みにくい本かもしれませんが、その内容には斬新なものがあります。

特に私が感動したのは、法然上人の浄土教とは”此岸に原点を置く「生の宗教」から、彼岸に原点を置く「死の宗教」への思想的方向転換だけではなく、「国家の宗教」から「個人の宗教」に脱皮をとげたという意味もある。”と看破している点であります。

現代社会は現世肯定が基調であり、「長寿」と「物的豊かさ」を重視し、「死」と「貧困」の存在を闇の彼方に葬ったつもりでいるわけです。しかしながら、「死」は避けられず必ず訪れるものであるし、「物的豊かさ」も目に見えない多くの「貧困」を糧にして成り立っているものなのです。その現世を肯定し、「現世利益」を標榜する宗教は現実から逃避するための臆病者の宗教なのかも知れません。「死」を見つめ、肉体的な「死」に打ち勝つための強い心を持った生活をするための宗教、これが法然上人が始めた浄土教なのだと言うことが良く分かる本です。

この本を読みながらふと次のようなことを考えました。「人間は2度死ぬ。第1の死は心の中の死、第2の死は肉体の死です。」現世のプラス面しか見えない心、あるいはプラス面しか見ようとしない心から、「死」を受け入れる心への転換が第1の心の死です。第2の死が普通、世の中でいわれている「死」です。現代人の多くは第1の心の中の死を経験せずに、第2の死が訪れ心を乱してしまうのでは無いでしょうか。第1の心の中の死は「回心」とも呼ばれています。

以上、こんな事を考えさせる本でした。

死を迎えるこころ

【書 名】死を迎えるこころ
【副 題】悠々と老い、大らかに死ぬということ
【著 者】寺内大吉(てらうち だいきち)

本名成田有恒。1921年東京、浄土宗大吉寺に生まれる。1945年大正大学宗教学部卒。1956年「はぐれ念仏」で直木賞受賞。1992年から浄土宗宗務総長。

【出版社】日本文芸社
【書籍番号】ISBN4-537-02543-3
【定 価】本体価格1300円
【初版年】1996.10.10

【読後感】
あとがきの書き出しに、『全編これ「あとがき」みたいな本書に・・・・』とあるが、当にこの本の内容を示している。ちょっとした良い話が30余並べてある。肩が張らず気軽に読める話ばかりである。「死を迎えるこころ」という書名から、もう少し重い内容を期待したが残念。
新幹線での移動のような、強制された退屈な時間消費を紛らわすにはもってこいの本である。多分、原稿を書いた著者も東京・京都の新幹線の中で構想を練ったり、原稿を書いたりしたのだろうから、典型的な新幹線本である。忙しい時には読む必要はない。

オウム・超常信仰と科学

【書 名】オウム・超常信仰と科学
【副 題】青年達はなぜ殺人集団に加担したのか
【著 者】日本科学者会議編

安齋育郎 立命館大学国際関係学部教授、専門:平和学
秋葉英則 大阪教育大学教授 専門:青年心理学
鯵坂 真 関西大学教育学部教授 専門:哲学
内田東明 大阪教育文化センター常任委員 専門:理科教育論、生物教育論
浅見定雄 東北学院大学文学部教授 専門:旧約聖書学、聖書関連カルト
杉本吉史 弁護士

【出版社】清風堂書店
【書籍番号】ISBN4-88313-134-3
【定 価】本体価格2476円
【初版年】1997.8.15

【内容】
本書は、日本科学者会議大阪支部主催の公開セミナー「若者はなぜカルト惹かれるのか-『オウム』を生み出した社会の病理」の講義をもとに、講義の直後に大阪で行われた浅見定雄の講演を加えたものである。
[第1章 オカルト・超能力を科学する(安齋育郎)
第2章 現代青年の行動様式と価値観(秋葉英則)
第3章 「オウム」を生み出した社会の病理(鯵坂 真)
第4章 「理科離れ」とオウム(内田東明)
第5章 戦後50年の宗教的状況-新々宗教とカルト(浅見定雄)
第6章 オウム真理教の活動の実態と信者達のこころ(杉本吉史)

【読後感】
オウムのようなカルト集団が大きく拡大した社会的な背景に関して第1章、第3章の指摘は読むに値する内容を持っている。カルト集団台頭の背景については第5章が要点を得た内容になっている
とにかく、社会病理の現状が指摘されており、処方箋として社会変革が必要なことが切々と各著者から述べられている。

法然上人の思想と生涯

【書 名】法然上人の思想と生涯
【副 題】鎌倉新仏教の先覚者・法然上人
【著 者】仏教大学編

高橋弘次、平 祐史、伊藤唯真仏教大学教授

【出版社】東方出版
【書籍番号】ISBN4-88591-116-8
【定 価】本体価格1165円
【初版年】1984.11.10

【読後感】
法然上人の生涯を再整理するのにうってつけの本。浄土宗門の人向け

イソップ寓話の経済倫理学

【書 名】イソップ寓話の経済倫理学
【副 題】人間と集団をめぐる思考のヒント
【著 者】竹内靖雄(たけうち やすお)

1935年高知県生まれ。1958年東京大学経済学部卒。1965年同大学博士課程修了。現在成蹊大学経済学部教授。経済思想史・経済倫理学専攻。

【出版社】PHP研究所
【書籍番号】ISBN4-569-54620-X
【定 価】本体価格2300円
【初版年】1995.3.29

【読後感】
イソップの寓話を中心として、古今東西の神話、伝説、おとぎ話、笑い話から素材を得て、それらの話題に経済思想・経済倫理学者らしい解説が加えられている。
アリとキリギリスの話はイソップ寓話の中の有名な話であるが、実は類似した多数の話がある。筆者が選んでいる話はこうだ。「アリは夏中せっせと働いて食べ物をためた。キリギリスは夏中毎日歌を歌って過ごした。冬になって食べ物が無くなったキリギリスは”仕方がないそろそろ仕事をしなければ”と言ってコンサートを開き、アリは食べ物をもってコンサートを聴きに来た」。これは経済学で言う市場原理の「交換」という法則である。通常は道徳的、あるいは勧善懲悪的な話として捉えられている話も、実は色々な捉え方が有るものだと感心した。
とにかく、昔から伝わってきた色々な逸話に対する軽妙なコメントが実にすばらしい。だからといって何も後に残るわけではない。

超能力と霊能者

【書 名】超能力と霊能者 叢書現代の宗教8
【著 者】高橋紳吾(たかはし しんご)

1952年生まれ。現在東邦大学医学部精神医学教室講師、日本脱カルト研究会代表理事。精神病理学・精神医学を専門とし、とくに都市におこる憑依減少に着目しつづけている。著書に「きつねつきの科学」「洗脳の心理学」など。

【帯 書】
信仰・迷妄のステップ・ストーン 神話をぬきとられた神秘体験とは? 神なき時代の、他者への共感とは?
超能力や憑きもの、心霊主義、サイ現象、カルトのマインドコントロールなど、古今東西を問わず事件や犯罪となって世間を騒がすことの多い現象には、なにか共通点があるのだろうか?
超能力や霊能者の実態を、生理学的・精神病理学的に解き明かし、現代宗教のかかえる問題の背景に迫る。

【出版社】岩波書店
【書籍番号】ISBN4-00-026078-2
【定 価】本体価格1500円
【初版年】1997.2.5

【読後感】
超常現象、超能力、霊能者は全てまやかしで、仕組まれたものであること。その仕組みは精神医学的に説明できることを論理的に示している。これらが仕組まれたものであることが明白であるのに、多くの若者の心を捉えたり、真面目な研究者がその罠にはまっていることについての現状の指摘は的を得たものと思った。

多くのカルトは超常現象、超能力、霊能者を使って若者を罠に陥れようとしているが、若者に抵抗力はなく、退屈な日常から逃れる他の方法が見つけられないでいる。渇望もなく何となく満たされた日常、贅沢と言われようが退屈な日常、行き場のない閉塞的な日常からの出口として超常現象、超能力、霊能者が若者の心を捉える。

悪巧みもある。憑くもの(祖霊、水子霊)を用意し、気弱になった憑かれるもの(家族が病気の人、失業中のあなた)を選び、憑き物を憑けて落とすもの(除霊、多宝塔、壺)が金を取る。信じれば騙されるものに抵抗の仕方も分からずのめり込んでいく。

全て社会が生み出した病理、モノが溢れ変える現代は心の健康をどこかに置き忘れてきてしまったようだ。かつて、日本の社会は退屈な日常からの脱出のために「まつり」という仕掛けを生み出した。現世では望めない平安のために、来世に浄土を創り出した。現状の改善のために「生きる希望を」「生きる目標を」生み出す仕組みが必要なようだ。

仏教と科学

【書 名】仏教と科学 叢書現代の宗教14
【著 者】松長有慶(まつなが ゆうけい)

1929年生まれ。現在高野山大学文学部教授・傳燈阿闍梨。真言密教の行とアジア各地の学術調査の成果を通じて、難解な密教を現代思想の中に位置づける一方、「日本仏教の現在」に対しても発言している。著書:「松長有慶著作集」全5巻他多数。

【帯 書】
「大いなる知恵」の現在。近代科学の驚異的発展がもたらした現代社会の難問を、仏教思想はどう考えるのか?人間の「欲望」を生かす最良の方法とは?
教義上、仏教は科学の世界とは無縁だが、近代科学が生み出す精神世界にたいして、無縁ではいられないだろう。仏教思想の歴史的変遷もふまえながら、個と全体、生命や環境倫理をはじめとする現在緊急の思想的課題に日本仏教がこたえる。

【出版社】岩波書店
【書籍番号】ISBN4-00-026084-7
【定 価】本体価格1500円
【初版年】1997.4.7

【読後感】
著者の幅広い知識が感じられる。仏教に対する認識は汎仏教的であるが真言密教に基盤をおいている。高野山大学元学長・現在も教授であるから当然ですね。その専門的な知識は賞賛されるべきものであります。科学に関する知識も幅広いものが感じられるが、中には「複雑系」のように見誤りもあるし、トランスパーソナル心理学に対する見方に関しては、普通の科学者が理解している位置づけとは異なっているところも見られる。

論述の内容は仏教(密教思想)と科学の功罪を並行的に述べ、最後の結論として仏教には「科学の欠陥を補う思想」を秘めているに違いないと断じ、その方法として(1)自己中心から宇宙的視野への転換(広い視野を持つこと)、(2)近代科学を律する一元的な価値から、あらゆる物のもつ多元的価値への認識復活、(3)議論よりも行動の重視を提案している。

結論に賛成しないわけではないが一寸違うなと思うところもある。科学は探求の方法論として一元的であるが(分析的であるという意味において、仮説と検証と言う意味において)、科学は自然に関する理解、知見の集積が目標であって、その知見を利用して渇望への充足に向かわしめたのは政治体制(戦争)、経済体制(競争)、社会体制(大衆)であり、知見の利用を可能ならしめたのは技術であることの記述が無いのはちょっとさみしい。

長寿を望んでいるのは大衆(社会体制)であり、その渇望を利用しているのが産業であり(経済体制)、これらをバックアップしているのが国(政治体制)である。科学的知見の産業化が18世紀から20世紀にかけての産業革命のと言うものであり、産業と言うものが法人と言う人格を持って認知されているのが現代社会であるが、この法人と言う人格は宗教と言う心の故郷の欠如した人格であることに大きな問題があるのではないかと私は考えます。産業は人が動かし、人格を与えられているにもかかわらず、心を持っておらず経済原則と競争原理のみで動いていることに問題があるのではないでしょうか。

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