浄土宗 善照寺

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戒名に関する調査について (第64回千葉教区普通講習会資料2000.10.31発表)

第64回千葉教区普通講習会資料(2000.10.30/31)

「戒名に関する調査について」


浄土宗総合研究所 専任研究員 今岡達雄


【1】戒名に関わる問題の所在

 昨年来、マスコミで『戒名料』が批判的に採り上げられている。問題の背後には「葬儀に費用がかかりすぎる」ことがあるようだ。1996年に「くらしの友」が東京、神奈川、千葉、埼玉の一都三県の六百世帯を対象に行った葬儀費用などの調査結果では、お布施 (戒名料、お経料)は、平均で58.2万円、最高額は150万、最低額は10万円である。お布施について45%の人が高いと感じている。また、お布施の額に関して、6割強の人がお寺あるいは葬儀業者から相場を言われて決めている。仏教テレホン相談の窓口にも高額な布施を要求されたという苦情に似た相談が寄せられている。個々のケースには特殊な事情があり、必ずしも寺院が一方的に非難されなければならないことはないが、高い布施を要求されたということは実際にあるようだ。このような高額感を背景にマスコミ・知識人が布施(法礼・お経料)はともかくとして『戒名料』や「戒名の意義」について疑問を投げかけている。
 現在、戒名を巡って採り上げられている問題は次のように整理される。
1)戒名に意義への疑問(仏典にない、根拠を欠く戒名の仏教起源説、戒名無用論)
2)『戒名料』が高い(戒名授与の料金化、僧侶からの請求)
3)現世の身分の固定化(成功者→院号居士、弱者→差別戒名)

【2】『戒名料』の背景

(1)社会的な理由
①社会構造変化
農業社会から急速な工業化社会への変化により、人口の流動化・大都市周辺への人口集中・核家族化など社会構造が大きく変化した。これに伴って寺檀関係も大きく変化し、大都市周辺に寺檀関係を持たない世帯が増加した。暗黙の了解として存在していた社会ルールも喪失した。
 -寺檀関係を持たない世帯(伝統的儀礼、宗教的慣習が継承されてない)
-地域との関係の薄い世帯(地方選挙の投票率の低さ、地域社会と遊離した存在)

②価値意識の多様化
地域共同体社会から個人の自由な意志決定を行う社会への変化し、多様な価値意識が認められるようになった。その一方で意志決定できない多くの人は他動的な意志決定を行っている。
 -現世主義(欲望の拡大主義、裏付けとなる拝金主義)
 -先祖信仰から先亡供養(見えない先祖より、知っている人への供養)
 -個人で演出できる評価(結婚式、葬式が社会的儀式から個人的儀式へ)
 -強要される意志決定(他人の評価、マスの評価に依存、メガヒット)
③マスコミの標的となる『戒名料』

(2)寺院(教団)側の理由
①寺院の経済基盤
 江戸時代に寺院が存立していた経済基盤は明治以降一貫して剥奪されてきた。明治初期に行われた廃仏毀釈運動は国家神道を国教とする目的のものであった。江戸幕府の基盤であった寺請制度を廃止して氏子制度を採用し、実質的に寺院が運営していた神社を独立させて寺院の力(祠堂田)を半減させた。第二次世界大戦後の農地開放政策によって寺社の経済基盤であった祠堂田(寺領地)を全て失うこととなった。経済基盤を失った寺院経営は、農地の払い下げを受けた檀家(旧小作人)からの布施、境内地での不動産事業、兼業による収入、葬祭の事業化などによって再構築が行われ今日に至っている。
 寺院経営の建て直しは、主として住職が中心になって行われたものであり、そこに教団の寄与はあまり大きなものではなかったと考えられる。この結果、末端寺院では寺院経営努力の成果を血縁者で相続する傾向が強く、寺院のファミリービジネス化といった傾向も見られる。
 -寺院の経済基盤としての葬祭依存の増大(戒名料の存在、高額な院号料)
 -教団の指導力の低下(末端寺院の自由裁量の拡大、一部大寺院と多くの零細寺院を生んだ)

②教団の歴史的背景
 江戸時代になって各仏教教団は幕府の要請に応えて寺請制度を認め、全ての人は寺院の檀家となることが義務づけられ、寺院は恒久的に檀家を確保することが可能になった。これと引き替えに教団は布教活動を行うことを禁止された(浄土宗では化他五重の禁止)。これが契機となり、仏教教団は布教(信仰の拡大)組織から幕府の管理組織として組み込まれ、信仰の名の下に国民の管理を任された。この結果、授戒や五重といった生前に行われるべき布教活動が行えなくなり、臨終授戒の慣習が形成された。幕府の支配力が強かった関東地方では現在でも授戒や五重が開莚されることが少なく、幕府の影響力の弱かった関西地域では授戒や五重が頻繁に開莚されている。
 -総大本山を頂点とする本末関係と寺請制度による中央集権的組織
 -寺請制度と布教活動の放棄
 -生前授戒から臨終授戒へ


(3)『戒名料問題』の背景とは

①関西の生前授戒、関東の臨終授戒は江戸時代からの慣習である。
②戦前までは人口流動が少なく、江戸時代から続く宗教的慣習は昔のまま保存されていた。
(地域社会に生まれ、地域社会で亡くなり、地域の習慣で弔われた)
③戦後産業構造の変化に伴って人口の急速な流動が始まり、大都市・企業城下町に人が集まり、寺檀関係のない世帯とその葬儀の増加。
④寺院の経済基盤を再構築する手段として、人口膨張地域では葬儀が注目された。
⑤死亡時の社会的地位に依存する葬儀、戒名の文字数の増加傾向が見られるようになった
⑥寺檀関係のない世帯の葬儀では、「寺への貢献」の一時払いとしての特別寄附が『戒名料』『院号料』として定着(寺への貢献が少なかった家の出身者で信仰心が無くても社長なら長い戒名)。
⑦義務的な葬儀の実施。僧侶とのその場限りの一時的関係。高すぎるコストへの悲鳴と批判。
⑧一部知識人による無宗教の賛美とマスコミの対応


【3】全日本仏教会の対応

 戒名(法名)問題に関する研究会「報告書」平成12年1月26日
 現在、「戒名(法名)」に関して、一般社会からさまざまな批判が寄せられている。本研究会は、平成十年十月の理事会で設置が決まり、これまで5回の会議を開催してこの問題の検討を行って来た。その結果をここにご報告する。
 本研究会は、主に次の点につき意見交換を行った。
1.各宗派に於ける戒名(法名)の意味、及び宗派間の相違点
2.各宗派に於ける戒名(法名)の種類等、規定や慣行
3.いわゆる「戒名(法名)料」の実態、及びその会計処理の在り方
4.戒名(法名)に関する一般社会からの批判の意味、及びそれへの対応
会議の席上、出席者から活発な意見が出された。その主要なものを要約すると、次のようになる。
①戒名(法名)について批判があるのは、主に大都市部である。それは都会に於いて、寺と檀信徒(門徒)との関係が希薄であることに起因している。
②今日の戒名(法名)批判には、葬儀の商用化という現代社会の経済至上主義が背景にある。
③戒名(法名)は、仏弟子に成る時にいただく名前である。生前に受けるのが望ましいが、一般にはあまり理解されていない。各教団も説明しようとする意欲が充分でない。
④一部に「戒名(法名)料」と称して、高額な請求をする僧侶がおり、それが仏教界全体の不信となっていると言わねばならない。
⑤戒名(法名)の授与は、多くの宗派で各住職の裁量に任されている。そのため、地域差、寺院差が大きい。今後は各教団で一層の研鑽を進めるべきだ。
⑥布教・伝道を通して、社会の苦悩を解消するための努力を充分に果たしていないことへの批判が、戒名(法名)問題の根底にある。仏教界全体として反省すべきだ。
⑦「戒名(法名)料」批判に応えるためには、会計処理を含めた寺院運営の在り方を再考する必要がある。
 結論として本研究会は、次の二点を理事会に対しご提案する。
1.今後、「戒名(法名)料」という表現・呼称は用いない。
 仏教本来の考え方からすれば、僧侶・寺院が受ける金品は、全てお布施(財施)である。従って、戒名(法名)は売買の対象ではないことを表明する。
2.戒名(法名)の本来の意義を広く一般に知らしめるため、主な宗派から資料をご提供いただき、全日本仏教会が以下の内容のリーフレットを作成して、必要な所へ配布する。
 ①当該寺院に於ける戒名(法名)の教理的な意味、②戒名(法名)に関する当該宗派の規定(例えば院号)又は慣行、③一般信者が生前に戒名(法名)を受ける方法、④戒名(法名)に関する一般信者等からの相談窓口
以上

【4】浄土宗総合研究所「戒名に関する調査」について

 平成11年10月~11月にかけて調査実施。1890票の回答で、これは正住寺院の約3分の1にあたる高率の回収率であった。調査結果は宗報6月号の別冊として配布した。

(1)戒名に関する問題全般について
-回答者の9割以上が戒名に関する問題が批判的に取り上げられていることを知っており、それは「マスコミ等の一般的話として84.8%」「檀信徒以外の人からの伝聞として45.8%」聞いたことがある(3頁)。
-一般の人々が指摘する戒名に関する問題とは「戒名が金銭を対価として授与されるという、信仰の商用化の問題70.7%」であり、その原因は「すべてが金銭で解決できるという社会的風潮にある60.3%」「葬祭業者主導による葬儀のビジネス化にある49.7%」「一部のマスコミや知識人の戒名・宗教不要論にある48.6%」としている。一方、「菩提寺のない家庭21.5%」「地域の習慣の崩壊19.1%」は低い評価になっている(4~6頁)。

(2)戒名料について
-『戒名料』はいくらかと訊ねられた経験は「しばしば22.5%」「たまに45.8%」「ほとんどない20.0%」「ない11.7%」であるが、地域ブロック別に見ると「しばしば」の割合が「関東35.9%」「東北35.4%」「北海道31.9%」、逆に低い方では「近畿9.3%」「北陸9.6%」で地域差が大きい(7頁)。
-『戒名料』『院号料』の授受については、以下の通り(8,9頁)。
          戒名料  院号料のみ  布施のみ
全国平均      14.0%    29.6%    56.4%
関東ブロック    20.4%    18.8%    60.8%
近畿ブロック    06.8%    41.8%    51.5%
 関東は布施のみが高いが、戒名料をもらっている割合も高い。近畿は院号料のみの割合が高い。
-『戒名料』『院号料』をもらっている寺院では「基準がある29.8%」「目安がある58.7%」で概ね基準が設けられており、その基準は「住職の判断による70.6%」である(10,11頁)。

(3)戒名授与
-授戒会・五重相伝会の開莚しているのは全国平均で35.7%であるが、近畿では61.9%、関東では10.5%であり地域差が大きい(13頁)。
-生前戒名授与と授戒会・五重相伝開莚は正比例する(14,15頁)。
-戒名の説明や字選の希望は「以前と変わらない」が8割弱で、増えてきている」も2割程度ある。戒名の意義や戒名の説明は「たいていの場合54.1%」「要請があったとき37.2%」で何等かの説明が行われている(15,16頁)
-院号・位号の授与基準は「寺総代・役員経験73.3%」「寺への特別な貢献72.7%」が高くなっている。「葬儀時の布施の金額7.9%」は低いが、地域別に見ると関東で15.7%、東北で17.6%、近畿で2.4%と地域差が大きい(17~19頁)。

(4)檀家戸数
-檀家戸数が多い寺院ほど『戒名料』を訊ねられることが多く、『戒名料』を受け取っている寺院が多い。また、檀家戸数が多いほど葬儀に関連する収入に依存する割合が高い(22~23頁)。
-檀家戸数の多い寺院ほど受戒・五重の実施率が高いが、そこでの戒名授与は少ない(23頁)。
-檀家戸数の多い寺院ほど戒名への希望や戒名の説明を求められている(23頁)。


【5】浄土宗の「戒名の関する問題」への対応

 冒頭に述べたように仏教教団は「戒名に関する問題」に対しての教団としての対応を迫られている。問題の要点は①戒名に意義への疑問、②『戒名料』が高い、③現世の身分の固定化は差別的の3つである。これに対して、現在検討中の内容は以下のようなものである。

(1)戒名は伝統的慣習として存在しており、これを継承する。
-仏教における戒名は出家としての新しい生のあり方を示した名前である。
-我が国の戒名は近世の檀家制度の成立とともに仏教葬の重要な要素になり、現在も受け継がれている慣習である。本宗は戒名を伝統的慣習としてその存在を認める。
(2)戒名は念仏者(仏教徒)としての証しである。
-本宗では戒名を、法然上人の弟子(浄土宗教団へ参加)となった証しと位置づける。
-戒名授与には念仏者としての自覚を促し信仰に生きる契機になるという積極的な意義がある。
(3)戒名授与に際して授戒会、五重相伝会などの儀式の普及が必要である。
-戒名の積極的意義を考えると、戒名授与は生前授与が望ましい。
-現状は葬儀授与(没後授与)が77%となっている。この葬儀授与は日本古来の伝統的慣習(改 名)によるものであるが現代ではその説得力が失われつつある。
-浄土宗には授戒会、五重相伝会による生前戒名・誉号授与という伝統がある。
-伝統的な授戒会、五重相伝会の儀式は現代生活の中では実施困難な面があるが、現代社会に適応した生前授与の方策を模索すべきである。
(4)法名における位号、院号は明確な基準で授与すべきである。
-位号、院号は現世の評価を来世に持ち込むものとして差別的であるとの意見がある。
-しかし特別丁重に慰霊する方法としての高い位号や院号が有用という一般の心情を斟酌する。
-従来の位号・院号授与は地域共同体の中で明示的ではないが公開性をもって授与されてきた。
-地域共同体の崩壊が進展している地域では、僧侶と葬家の間で密室的に授与されているとの印象が強く、位号、院号の授与基準、授与方法に公開性を持たせる必要がある。
(5)「戒名料」という呼称は不適切であるので、使用しないことを周知徹底すべきである。
-葬儀における布施は、戒名に対する料金ではない。
-「戒名料」という言葉は一切使用しない。
(6)教団が検討すべき事項
-葬儀における布施は、戒名に対する料金ではないことの社会への周知・広報(冊子の作成)
-僧侶への信頼回復のため教団後継者への学習機会を創設。(仮称「僧侶学講座」の創設)
-現代社会に適応した生前授与の方策。(仮称「生前戒名授与式」の創設)
-位号、院号の授与基準の公開性。(仮称「檀信徒功績点制度」、組単位での基準)
以上

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